ムンバイ同時多発テロに遭遇した話 中編
ムンバイ同時多発テロに遭遇した話 中編
こんにちは、ボビーです。
10年前の今頃に私が遭遇しかけたテロの話の続編です。
私たちはムンバイで唯一行って見たかったタージマハルホテルに着きました。
流石はインド第一と言われるホテルです。面構えが違います。
よし、今日はここでランチを食べよう、と向かったのがホテル内にあるレストラン。
メニューを見て驚愕しました。
これまでどんな高級そうな(普通の)レストランでも1000円ぐらい出せば、
十分に食べられたのに、このタージマハルホテルでは、
一番安いサンドイッチでさえUS15ドル以上でした。
これは、通常の私のインド飯の15倍以上の金額です。
私はそのメニューの格式の高さにびびってしまい、遂に食事を注文することができませんでした。
それでも、紅茶を注文し、その値段にびびりながらも、優雅なふりをしながら頂きました。
この紅茶ひとつでもいつも飲む路上のチャイの20倍〜40倍くらいの値段だったと思います。
そして、ついにその時がやってきました。
私は嫁さんに告げます「行ってくるよ」
私は一人席を立ち、レストランのボーイに尋ねます。
「トイレはどこですか?」
そして、私は一人でそのトイレの前まで来ました。
トイレの中に入ると手を洗うところに、タオルを持ったターバンを巻いた男が一人います。
軽く会釈をして、私は遂に、タージマハルホテルのトイレで、用を足したのです。
トイレは普通でした。
大理石でもなく、トイレの下に豚がいて舐めてくれるわけでもありませんでした。
そして、無事にウンコを済ませ、私が手を洗うと、ターバンの男がタオルを差し出しました。
受け取って、手を拭きます。
そして、目と目で合図をしながら、少しばかりのチップを彼に渡しました。
これがタージマハルホテルのウンコか。。。。
と余韻に浸りながらも、お茶のあとで私たちはホテル内にあった、書店で長い間立ち読みしました。
殆どが英語で旅行書籍も充実していたので、色々と本を久しぶりに読みました。
ホテル内を回ると、そこには日本食のレストランもありました。
もちろんこれまでにインドで見た日本食のレストランの中でも、
一番格式のあるジャパニーズレストランでした。
その後は、ホテル周辺からビーチ沿いを散策しました。
よくボリウッド映画の撮影にもつかわれる有名な場所です。
散歩を終えたあとには、世界遺産にも登録されている、ヴィクトリア・ターミナス駅に行きました。
そこから電車にのり、チェックインしているホテルまで帰りました。
次の日は朝早くにホテルをチェックアウトしなければいけません。
朝7時ごろのデリー行きの電車に乗る予定です。
次の日の朝にホテルを出発し、ホテル近くの駅に行き、電車に乗りました。
そしてデリーには12時間以上かかり、深夜に到着の予定です。
その電車でのことは全く覚えていません。
普通にインドの平原や田園地帯を抜けて行ったのだと思います。
そして、ようやくデリーにつきました。
バックパッカーが集まるのオールドデリーにあるパハールガンディー地区のホテルにチェックインしました。
その後、ようやく外で何か食べようと思ってみると、やたらにライフルをもった警察官が路上にいることに気がつきました。
そして、片言の日本語がしゃべれる主人のいるレストランで食事しながら、テレビを見ていると、
そこには今日の朝までいたムンバイがテロリストに襲撃されている様子が生中継されていました。
「えっ!!」
「どういうこと?」
店の主人が言います、今日ムンバイですごいテロ事件が起こって、すごい沢山の人が死んでいる。
いまもまだテロリストとの戦いが続いている。
私たちが今日の朝までムンバイに居たというと、主人も店の人たちも驚きました。
「ラッキーだったな、昨日テロだったらあんたたちは、死んでたかもな」
その後もテレビを見ると、見たことがある建物が燃えていました。
あのタージマハルホテルです。
ここがテロリストの本拠地であり、いまだにテロリストが立てこもり銃撃戦を繰り広げていました。
主人に昨日ここでお茶を飲んで、長い時間立ち読みしたことを伝えるとまた驚かれました。
昨日まで、あれほど静かで高級感ある場所だった、タージマハルホテルがいまは、
目の前のテレビのなかで炎上しています。
その後テレビは、血まみれになった駅のホールを写しました。
ヴィクトリア・ターミナス駅です。
この駅も昨日訪れた場所ですが、映像には血まみれのフロアーだけが写っていました。
映像が変わると、また見たことがある風景が映し出されます。
ムンバイの有名なビーチロードです。
そのビーチ沿いのホテルやお店ではまだテロリストがいて、立てこもりや銃撃戦をしていました。
しばらく、テレビを見た後、ホテルに帰って寝ました。
「もし、テロが昨日発生していたら。」
そう考えるととても怖くなりました。
「もし、テロが今デリーでも発生したら。」
そんなことも思いました。
これまではニュースで見るテロや紛争地域は遠い場所でのことで、
まるで自分とは関係のないことのようでした。
それが今回は、自分が先ほどまでいた場所で起こったのです。
恐怖。
テロの恐怖。
直接に巻き込まれたわけでもないのに、テロの恐怖を感じました。
そして、昨日訪れたタージマハルホテルを思いました。
お茶を飲んだレストラン、立ち読みした本屋、日本食レストラン、
そしてトイレにいた、タオルを持ったターバンの男。
今頃、みんなどうなっているんだろうか?
みんなの無事を祈りました。
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こんにちは、ボビーです。
10年前の今頃に私が遭遇しかけたテロの話の続編です。
私たちはムンバイで唯一行って見たかったタージマハルホテルに着きました。
流石はインド第一と言われるホテルです。面構えが違います。
よし、今日はここでランチを食べよう、と向かったのがホテル内にあるレストラン。
メニューを見て驚愕しました。
これまでどんな高級そうな(普通の)レストランでも1000円ぐらい出せば、
十分に食べられたのに、このタージマハルホテルでは、
一番安いサンドイッチでさえUS15ドル以上でした。
これは、通常の私のインド飯の15倍以上の金額です。
私はそのメニューの格式の高さにびびってしまい、遂に食事を注文することができませんでした。
それでも、紅茶を注文し、その値段にびびりながらも、優雅なふりをしながら頂きました。
この紅茶ひとつでもいつも飲む路上のチャイの20倍〜40倍くらいの値段だったと思います。
そして、ついにその時がやってきました。
私は嫁さんに告げます「行ってくるよ」
私は一人席を立ち、レストランのボーイに尋ねます。
「トイレはどこですか?」
そして、私は一人でそのトイレの前まで来ました。
トイレの中に入ると手を洗うところに、タオルを持ったターバンを巻いた男が一人います。
軽く会釈をして、私は遂に、タージマハルホテルのトイレで、用を足したのです。
トイレは普通でした。
大理石でもなく、トイレの下に豚がいて舐めてくれるわけでもありませんでした。
そして、無事にウンコを済ませ、私が手を洗うと、ターバンの男がタオルを差し出しました。
受け取って、手を拭きます。
そして、目と目で合図をしながら、少しばかりのチップを彼に渡しました。
これがタージマハルホテルのウンコか。。。。
と余韻に浸りながらも、お茶のあとで私たちはホテル内にあった、書店で長い間立ち読みしました。
殆どが英語で旅行書籍も充実していたので、色々と本を久しぶりに読みました。
ホテル内を回ると、そこには日本食のレストランもありました。
もちろんこれまでにインドで見た日本食のレストランの中でも、
一番格式のあるジャパニーズレストランでした。
その後は、ホテル周辺からビーチ沿いを散策しました。
よくボリウッド映画の撮影にもつかわれる有名な場所です。
散歩を終えたあとには、世界遺産にも登録されている、ヴィクトリア・ターミナス駅に行きました。
そこから電車にのり、チェックインしているホテルまで帰りました。
次の日は朝早くにホテルをチェックアウトしなければいけません。
朝7時ごろのデリー行きの電車に乗る予定です。
次の日の朝にホテルを出発し、ホテル近くの駅に行き、電車に乗りました。
そしてデリーには12時間以上かかり、深夜に到着の予定です。
その電車でのことは全く覚えていません。
普通にインドの平原や田園地帯を抜けて行ったのだと思います。
そして、ようやくデリーにつきました。
バックパッカーが集まるのオールドデリーにあるパハールガンディー地区のホテルにチェックインしました。
その後、ようやく外で何か食べようと思ってみると、やたらにライフルをもった警察官が路上にいることに気がつきました。
そして、片言の日本語がしゃべれる主人のいるレストランで食事しながら、テレビを見ていると、
そこには今日の朝までいたムンバイがテロリストに襲撃されている様子が生中継されていました。
「えっ!!」
「どういうこと?」
店の主人が言います、今日ムンバイですごいテロ事件が起こって、すごい沢山の人が死んでいる。
いまもまだテロリストとの戦いが続いている。
私たちが今日の朝までムンバイに居たというと、主人も店の人たちも驚きました。
「ラッキーだったな、昨日テロだったらあんたたちは、死んでたかもな」
その後もテレビを見ると、見たことがある建物が燃えていました。
あのタージマハルホテルです。
ここがテロリストの本拠地であり、いまだにテロリストが立てこもり銃撃戦を繰り広げていました。
主人に昨日ここでお茶を飲んで、長い時間立ち読みしたことを伝えるとまた驚かれました。
昨日まで、あれほど静かで高級感ある場所だった、タージマハルホテルがいまは、
目の前のテレビのなかで炎上しています。
その後テレビは、血まみれになった駅のホールを写しました。
ヴィクトリア・ターミナス駅です。
この駅も昨日訪れた場所ですが、映像には血まみれのフロアーだけが写っていました。
映像が変わると、また見たことがある風景が映し出されます。
ムンバイの有名なビーチロードです。
そのビーチ沿いのホテルやお店ではまだテロリストがいて、立てこもりや銃撃戦をしていました。
しばらく、テレビを見た後、ホテルに帰って寝ました。
「もし、テロが昨日発生していたら。」
そう考えるととても怖くなりました。
「もし、テロが今デリーでも発生したら。」
そんなことも思いました。
これまではニュースで見るテロや紛争地域は遠い場所でのことで、
まるで自分とは関係のないことのようでした。
それが今回は、自分が先ほどまでいた場所で起こったのです。
恐怖。
テロの恐怖。
直接に巻き込まれたわけでもないのに、テロの恐怖を感じました。
そして、昨日訪れたタージマハルホテルを思いました。
お茶を飲んだレストラン、立ち読みした本屋、日本食レストラン、
そしてトイレにいた、タオルを持ったターバンの男。
今頃、みんなどうなっているんだろうか?
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