俺の人生はリバプールそのもの チャンピオンズリーグ決勝の朝の物語

俺はリバープール生まれ。

とは言っても3歳の時にオーストラリアのニューキャッスルに一家で引っ越したから、
全然リバプールのことは覚えていない。

それでも育ったのはオーストラリアだが、
何となく俺はリバプール人だと感じながら生きてきた。

子供の頃から周りのガキどもはラグビーに夢中、でも俺は親父の影響もあり、サッカーが好きだった。
何となくビートルズにも親近感を覚えていた。
それでも大人になるころには、サッカーなんかは見ないで、ラグビー好きになってたよ。

2004年になるとリバプールがチャンピオンズリーグの決勝まで勝ち進んだ。
それまでサッカーの興味も失せていた俺だったが、
何となく、まだ死ぬ寸前だった親父と一緒に自宅のテレビで見たよ。
親父とビール飲みながら。その時リバプールは勝ったんだ。
何となく、親父と俺が勝たせたような気分になったね。親父との最高の思い出だ。
それから本格的にリバプールを応援し始めたんだ。

ユニフォームも注文して、オーストラリアでは滅多にないが、
たまのサッカーのテレビ中継も欠かさず見るようになった。
2人の男の息子にもむりやりサッカーをやらせたよ。
もっとも彼らは本当はラグビーやりたかったみたいだが。

前の女房とは離婚して、2人の息子は今はシドニーにいるよ。
俺は、3年前にパブで知り合ったアボリジニーの女と再婚して、仕事も辞めて、
なんとなくゴールドコーストに引っ越してきたんだ。

もう2018年だ。
リバプールの監督もドイツ人になっちまったようだ。
サッカーにもまた興味がなくなっていたよ。
でも、今シーズンのリバプールは強かったんだ。
チャンピオンズリーグの準決勝まで勝ち進んだ時点で、サッカーに全く興味のない女房を連れて、
久しぶりにカジノのスクリーンに見に行ってきたよ。
周りのみんなもリバプールのユニフォームを着て応援していたね。
ビール飲みながらの応援さ。
で、その試合勝ったんだ。
最高の気分だった。
女房も興奮していたね。
息子たちにも久しぶりに電話したんだ。
二人とも喜んでいたよ。

そんなことで今日は何十年ぶりで、家にあったユニフォームを引っ張り出してきて、女房を連れてカジノにやってきた。
赤いキャップまで被ったんだ。
周りは前回の準決勝の10倍は人がいる感じだ。
でかいスクリーンの前は俺たちリバプールファンのものだ。
みんなビール飲んで応援している。
さあ、キックオフだ。
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点を取られるまでは、最高のゲームだったね。
女房も楽しんでいた。朝4時半からの試合だったけど、ビールも沢山飲んで、最高だった。
スタジアムでゲームも見たことはないが、そんな気分だった。みんなリバプールを応援していたよ。
後ろにいた日本人の眼鏡男も、「リバプールに50ドル賭けたんだ!!」と騒いでいたよ。

それで、試合は終わった。
結果は3−1で負けたよ。
完敗さ。
ゴールキーパーのドイツ人が2回も、子供みたいな失敗をして負けたんだ。
スクリーンに映ったやつは泣いていたね。
でも、見に来ていた俺の周りのやつらは誰もキーパーのことを悪くは言わなかったよ。

単純にみんな疲れてたんだ。

日本人の眼鏡は俺に最後言ったよ、「来年もあるよ」
俺は適当に相槌を入れたんだ、「そうだな、あるかもな」

女房は隠して持ってきてくれた勝利用のレイを俺の首に掛けてくれた。

俺は泣いた。

もう朝になっていたよ。
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この記事へのコメント

侍ジャパン
2018年06月25日 00:08
想像力がすごいですね
ボビー
2018年06月25日 10:32
最近は勝ったチームよりも、負けたチームに興味があります。
負けるとドラマがありますね。

>侍ジャパンさん
>
>想像力がすごいですね